デザインを終わりまで語れる人はいるでしょうか。これを、説明不能の「ブラック・ボックス」として捉えられてきました。どういうものがほしいのかという「物」にいくつかの「アイデア」があり、それに「使い方」として、環境の条件や複数の条件があります。ここから、デザインするということは、何でもいいという訳ではなく、どういう物を作ればいいのかという条件の中から、使いやすさや大きさなどを導き出していくのではないかと思いました。また、デザインの答えを求めることは大変だけれども、限界があることには間違いないだろうということもわかりました。
次に、「良いデザインとは良い適応、[形]の美しさだけが問題ではない。」では、考えさせられたところでもありました。確かに「美しい」だけならば美しいものだけを追求すればできてしまいます。しかし、それでは、使う立場の人の使いやすさやどういう環境の中でどのようにしてつかうのかなどが考えられていないと思いました。そのようなデザインでは、何のためにつくられた商品なのか、もう1度問われることとなります。以上から、デザインは使う立場と美しさという2つの合理的がなければならない」ということがよくわかりました。
また、デザインの方法として、デザインのプロセスの原理的図式のパターンは、昔を思い出します。昔はAの無自覚なプロセスやBの直感、偏見による想像図にもとづく自覚されたプロセスの作品を多くつくっていたと思います。今も、まだBのプロセスでいると思います。客観的に見てみるということは、以外にも簡単な意味であるが以外にも難しいことだからだと思います。現に自分の作品を客観的に見てみることができても、それが100%できているかはわかりません。客観的に見ているとしても、「思い込み」や「感覚」、「形の雰囲気」に惑わされているのではないかと思いました。これからは、どういう形が適切なのかを作った上でもう一度考え、Cの客観的、抽象的なレベルまで掘り下げる、自覚されたプロセスに近づけたいとも思いました。
最後に、全体から、「環境」を理解し、それをデザインとして使いこなすという世界があり、デザインは環境を変化させていくことができるように思います。使いやすさだけに偏ってもそれが実際に必要な物なのかと考えるといらなかったりもします。そのような時はもう1度客観的にも見ながら練り直して、これからデザインしようと思っている物体が「環境」にどう適合し、デザインの1部である「色」などがそれに合っているかなどをもう1度考え直していく必要があると思いました。
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